東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10182号 判決 1956年8月10日
原告(昭二八(ワ)第一〇一九六号事件原告・第一〇一八二号事件被告) 日綿実業株式会社
被告(昭二八(ワ)第一〇一九六号事件被告・第一〇一八二号事件原告) 越後谷儀助
主文
昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件につき
原告の請求を棄却する。
昭和二八年(ワ)第一〇一八二号事件につき
原告が被告に対し、別紙<省略>目録記載の(一)ないし(五)の各約束手形金合計四、〇〇一、一〇八円につき、振出人のためにする手形保証債務のないことを確認する。
訴訟費用は全部昭和二十八年(ワ)第一〇一九六号事件原告(同年(ワ)第一〇一八二号事件被告)の負担とする。
事実
昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件原告(同年(ワ)第一〇一八二号事件被告)訴訟代理人は、昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件につき、被告は原告に対し四、〇〇一、一〇八円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、同年(ワ)第一〇一八二号事件につき、原告の請求を却下する、本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、
昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件被告(同年(ワ)第一〇一八二号事件原告)訴訟代理人は、昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件につき主文第一項同旨の判決を求め、同年(ワ)第一〇一八二号事件につき、主文第二項と同趣旨並に訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求めた。
昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件原告(同年(ワ)第一〇一八二号事件被告、以下単に原告という)訴訟代理人は昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件の請求原因として、
訴外日本ラテックス工業協同組合は原告宛に、別紙目録記載の(一)ないし(五)の約束手形各一通り振出交付し、原告はこれ等の所持人であるところ、昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件被告(同年(ワ)第一〇一八二号事件原告、以下単に被告という)は、右各約束手形につきそれぞれ振出の当初から振出人のため手形保証をなしているものである。よつて被告に対し、手形保証上の責任にもとずき、右手形金合計金四、〇〇一、一〇八円の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、
昭和二八年(ワ)第一〇一八二号事件の答弁として、
一、被告が不存在確認を求める債権は、すべて原告が被告に対し昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件において履行を求めている債権に該当し、しかも被告が不存在確認を求める請求原因たる事実は被告において手形保証をなした事実がないという点において昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件における答弁理由と全く同一である。しからば同事件の給付の訴において、原告の請求が棄却せられるときは、手形保証債務の不存在が同事件の判決自体の裡に確定されるから、被告は改めて手形保証債務の不存在の確認を求める必要も利益も全くなく、従つて訴の利益なき関係において被告の請求は却下さるべきである。
二、本案につき被告主張の請求原因事実中、原告が被告主張のように仮差押をしたことは認めるが、その余の点は否認する。別紙目録記載の(一)ないし(五)の各約束手形はいずれも前記組合が原告より買い受けた輸入にかゝるラテックスの代金支払のため振り出され、その一部は既に一回書替延期を認めた書替手形であるが、右組合のラテックスの買受はその組合員のための原料仕入に外ならず、右組合には何ら固有の資産なきため、被告は右組合の組合員の一員として右約束手形につき、それぞれ振出人のため手形保証を承認したものである。
しかるに右組合が破綻し、又自身仮差押を受け、その責任が具体化するや、被告は遽かに右手形保証を否認するの挙に出たのであつて、被告の請求は理由がない。と述べ、
被告訴訟代理人は、昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件の答弁並に同年(ワ)第一〇一八二号事件の請求原因として、
別紙目録記載の(一)ないし(五)の約束手形各一通が、訴外日本ラテックス協同組合から、原告宛に振出交付され、原告が現にこれ等の所持人であるということは知らない、被告が右各約束手形につきそれぞれ振出人のため手形保証をしたことは否認する。被告は昭和二八年一〇月別紙目録記載の(一)の約束手形の手形保証債務者として、原告より金七四万円の債権額をもつて、その所有の不動産に対し仮差押を受けたので、事の意外に驚き調査の結果、別紙目録記載の(一)ないし(五)の各約束手形につき、それぞれ恰も被告が振出人のため手形保証をなしたが如き記載がなされているが、右はすべて被告の署名印影の偽造によるものであることが判明した次第であつて、被告は右のような手形保証をしたことはない。従つて、被告は、原告に対し別紙目録記載の(一)ないし(五)の各約束手形につき、右のような手形保証による責任を負担するものではないから、これを争う原告に対し、右各約束手形金合計四、〇〇一、一〇八円につき振出人のためにする手形保証債務のないことの確認を求めるため本訴請求に及んだ次第であり、右債務のあることを主張してその履行を求める原告の請求は理由がないと述べた。
<立証省略>
理由
第一、まづ原告の請求(昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件)について判断する。
一、別紙目録記載の(一)ないし(五)の約束手形各一通(甲第一号証の一ないし五)の各補箋の表面にはそれぞれ「連帯保証人」として平塚進、荒井進、内田丙馬と共に被告の氏名が併記され、被告の氏名下に越後谷なる印影があり、外見上被告が右の約束手形につき、振出人のため、それぞれ手形保証をしたが如き記載があり、証人福井実の証言によれば右約束手形は、振出人たる訴外日本ラテツクス工業協同組合に対し、原告がその東京支店において昭和二八年始より同年七月頃までに売渡した輸入ラテックス代金の支払のため交付を受け、内(一)の約束手形(甲第一号証の一)は、既に一回書替え延期を認めた書替手形で、現に原告がこれ等の手形の所持人であることが認められる。
二、よつて被告が真実右のような手形保証をしたものであるかどうかを按ずるに、原告の主張に沿う事実としては、成立に争いのない乙第九号証及び証人福井実、同平塚進、同秋山友一の各証言、と甲第五号証の四(事業協同組合設立登記申請書及びその附属書類)中、成立に争いのない創立総会議事録、定款、及びこれ等により真正に成立したと認められる事業協同組合設立登記申請書とによれば、訴外日本ラテックス工業協同組合は昭和二五年九月、平塚ゴム工業株式会社(代表者平塚進)日興ゴム株式会社(代表者荒井信男)、日伸護謨工業株式会社(代表者柳原吉造)及び被告(三晶ゴム製作所)の四名が発起人となり、出資一口の金額を金五〇万円とし、組合員のために一括して原料を購入すること及び商工組合中央金庫からの融資その他金融を斡旋することを目的として設立され、その組合員は東京に営業所のある前記四名並に株式会社日本ゴム化学研究所(代表者秋山友一)、東亜ゴム工業株式会社(代表者内田丙馬)と関西方面に営業所のある二つの株式会社の合計八名で、平塚進が理事長(代表者)に荒井信男、秋山友一、内田丙馬等が理事に就任し、被告も監事に就任したこと、しかして、右組合は設立後組合員のために、原告の東京支店その他二、三の取引先より原料を購入してきたのであるが、その数量は原告から購入するものが絶対的に多く、原告との右取引関係は約束手形により代金の支払をする方法で昭和二八年九月頃まで継続したところ、その間昭和二七年に至り、株式会社日本ゴム化学研究所と日伸護謨工業株式会社が事業破綻により事実上右組合から脱落した状態となり、更に同二八年八月平塚ゴム工業株式会社も事業不振の状況に陥り、ために右組合も甲第一号証の一ないし五の約束手形の支払に窮するようになつたこと、並に被告が同年一〇月に至つて理事に就任するに至つたことが認められ、甲第四号証には昭和二六年一〇月二六日附で前記組合が原告宛に同日振出した金額五二九、六五六円の約束手形につき右組合の組合員で東京に営業所のある前記五株式会社と並んで三昌ゴム製作所代表者越後谷儀助という記名があり、これ等のものが原告に対し連帯保証をする旨の記載がなされ、右越後谷儀助名下の印影も甲第一号証の一ないし五の被告名下の各印影もいずれも甲第五号証の二(前記甲第五号証の四の内の被告名義の出資引受書)の被告名下の印影と同一であることは被告の認めて争わないところであり、又甲第三号証の一ないし三の各約束手形の補箋にも甲第一号証の一ないし五と全く同一の記載があり、しかして、証人福井実の証言によれば、右甲第四号証、第三号証の一ないし三は原告の東京支店において右組合より交付を受けたもので、甲第三号証の一ないし三は昭和二八年七月から同年九月にかけて、契約成立の際、保証金の趣旨で右組合から原告に差入れられたものであることが認められる。しかし、成立に争いのない乙第十、第十四号証、証人平塚進、同秋山友一、同秋葉三重の各証言並に被告本人訊問の結果を綜合すれば、原告と前記組合の取引については、原告の東京支店においては、組合の資力に十分な信用がおけなかつたので、組合員の個人保証を求め、その結果東京に営業所をもつ組合員六名全員が常に必らず個人保証をするという訳ではなかつたけれどもそのうち、主に、当該取引により購入した原料を仕入れて使用する大体四名位を取引の都度、定めてこれ等が個人保証をすることによつて取引が継続されてきた(証人福井実の証言中、これに反する部分は信用し難い。)のであるが、前記のように昭和二七年に至り二社が脱落したため、東京に営業所をもつ組合員は被告を含め四名となりその頃から原告の東京支店では、組合員たる会社の保証にかえて、会社の代表者個人の保証を求めてきたこと、被告は組合設立当時三晶ゴム製作所なる名称のもとに個人として営業して来たが、昭和二六年七月一日これを合資会社組織に改め合資会社三晶ゴムとしその代表者となつた者で、前記監事の地位を一年にして退き、組合を通じての商工組合中央金庫よりの融資にも関係せず、昭和二七年一一月以後はそれまでのように組合からその購入にかゝる原料を仕入れることをも全く止めてしまい。組合から右原料を仕入れていた当時は、主としてその仕入原料に係る組合の同原料購入代金支払のための原告に対する手形債務には保証をしていたこともあり、次で組合との取引絶止後昭和二八年に入つてからも、組合理事長平塚進の求めにより、従来の経緯上、不承不承ながら引き続き数通の組合振出の約束手形に、自らその所持する印鑑(甲第一号証の一ないし五の同被告名下印影とは異なるもの)を押捺し、平塚進、荒井信男、内田丙馬と共に四名で振出人のため手形保証をしたけれども、同年春頃に至つて、平塚進に対し、その熱心な依頼にもかかわらず右の如き手形保証をも拒絶してしまつたこと、しかして、甲第一号証の一ないし五の被告名下の印影は、組合設立当初より、被告のみに限らず他の組合員についても組合において用意保管していた三文判の内、被告の分によつて顕出されたものであり、(証人秋山友一、同荒井信男の各証言中右認定に反する部分は信用せず)この三文判は、本来組合の一般事務処理の便宜のためのものにすぎず、現に甲第一号証の一ないし五にしても甲第三号証の一ないし三にしても、甲第四号証にしても、被告以外の者の名下の印影はすべてそれぞれ各自その所持する印鑑が押捺されていることによつてもうかがわれるように、各人が組合事務を離れて個人として外部に対し義務を負担すべき行為の如きをする際に使用される趣旨のものではなかつたところ、被告が組合振出の約束手形に手形保証をすることを拒絶したその後においてなお従来どおり四名の手形保証の形式を整えるため被告の前記三文判が押捺され、被告の承諾なくして、甲第一号証の一ないし五や甲第三号証の一ないし三の手形が作成されるに至つたことを推認するに足りる。
被告本人訊問の結果中、被告が組合のため保証をしたのは昭和二七年秋以降であつた旨の供述はにわかに措信し難く、それ以前に被告が組合のため保証をしたことはなかつたとは直ちに断じ難いこと前認定のとおりであるけれども、甲第四号証につき、(同書証中被告名下の印影は甲第一号証の一ないし五の同印影と同一であることは当事者間に争がないので、前記三文判によつて顕出されたものであることも推知できる。)これが被告の承諾のもとに作成されたものである旨の、証人福井実、同秋山友一、同平塚進の各供述は、如何なる事情のもとに、かゝる書面につき、被告の氏名下の印影のみに限つて、前記三文判が使用されたかその事情を詳かにするものもなく、前認定の右三文判の用途に照してにわかに信用できないところであり他に甲第四号証の如き書面の作成について被告自身右三文判を押捺し又はその押捺を他人に承諾した事実を認めるに足る証拠がないのみならず、甲第四号証の作成にあたり、被告が右三文判の使用を承諾した事実があると考えてみても、右は、前認定のとおり被告がなお組合との取引を継続していた頃のことであり、これをもつては未だ直ちに、被告が右取引を絶止した後の本件各手形に係る手形保証についての前記認定を覆すに足らない。また、被告名下の印影が甲第一号証の一ないし五及び同第四号証のそれと同一であることについて当事者間に争がないからこれはまた前記三文判を用いて作成されたと思われる同第五号証の二についても、その作成に至る事情を確知する立証はないが、要するに右三文判の前記用途から見れば、右各印影の同一であることは、本件手形保証を裏付ける決定的な事象とはいえない。次ぎに証人平塚進、同古賀光広の各証言によれば被告を除けば東京に営業所をもつ組合員は事実上三名にすぎなくなり、組合と原告との取引継続のため、組合理事長平塚進が極力被告の手形保証を望んだことが窺われ、被告も右組合との取引を絶つた後においても組合のため手形保証をなし、組合の取引に協力したことは前記のとおりであり、従つて、引き続き甲第三号証の一ないし三の各約束手形及び本件各約束手形についても手形保証をしたものではないかとの疑問を生ずる余地があるが、証人秋葉三重の証言によれば、甲第一号証の一ないし五の約束手形の補箋上の被告の氏名は、組合の事務員であつた同証人の記載にかゝわり、その名下の印影も同証人が前記三文判を用いて顕出したものにかゝわる如く推測されるので、何人か組合の理事者がその責任において右の挙に出でさせたとの推測の余地があるにもかかわらず、右三文判の使用が、何人の責任においてなされたか、この点に関する証人平塚進、同荒井信男、同古賀光広、同秋葉三重の各供述では、相互に右責任の所在を他に譲るように見受けられ、互に撞着してこれを確保し難いけれども、このことをもつては未だ前記認定を左右するに足らず、証人古賀光広の証言中被告が、手形保証につき事後承諾を与えたことがある旨の供述や証人荒井信男の証言中被告が終始保証を承諾していたような趣旨の供述は、これまた前記証人平塚進、同秋葉三重等の証言と相互にむじゆんするのでいずれもたやすく措信し難く、他に前記認定を覆し、被告が甲第一号証の一ないし五の約束手形につき振出人のためにする手形保証自体を事前にせよ事後にせよこれを承認した事実はもとより、包括的に、組合振出の約束手形につき、振出人のため適宜被告の名において、手形保証行為をする権限を嘗つて他に附与したような事実もこれを認めるに足る証拠がない。
三、しからば被告が別紙目録記載の(一)ないし(五)の約束手形各一通につき振出人のため、手形保証をした事実はこれを認めるを得ないから、原告の請求はすべて失当というの外はない。
第二、被告の請求(昭和二八年(ワ)第一〇一八二号事件)について、
一、まづ原告は本案の主張として、被告の請求は全くその必要も利益もなく、却下さるべき旨主張するから、この点につき按ずるに、被告の本件債務不存在確認の訴と原告の本件給付の訴とは同一の債権にかゝわり、被告がその請求の理由とするところは、被告において手形保証をした事実がないという点であつて、原告の給付の訴に対する答弁と全く同一であり、記録によれば、被告は昭和二八年一一月一七日原告に対し別紙目録記載の(二)ないし(五)の各約束手形につき振出人のためにする手形保証債務のないことの確認を求める訴を提起した(昭和二八年(ワ)第一〇一八二号事件)ところ、同日原告は被告に対し別紙目録記載(一)ないし(五)の各約束手形につき、手形保証上の責任にもとずき、その履行を求める訴を提起し(昭和二八年(ワ)第一〇一九六号事件)、その後被告は原告に対し別紙目録記載の(一)の約束手形についても同様手形保証債務のないことの確認を求める旨を追加した関係にあるけれども、給付の訴の棄却されるべき理由は必ずしも請求権の存在を否定するものに限られないから、原告の本件給付の請求が棄却せられても、これによつて被告がその不存在の確認を求めている手形保証債務そのものの不存在までが確定されるわけではなく、従つて被告の前記追加部分についても、これをもつて、原告の給付の訴と同一事件にして民事訴訟法第二三一条に抵触するものということを得ないし、又被告の請求を目して何等その必要も利益もない請求ということはできないから、原告の右主張は採用し難い。
二、よつて本案につき判断するに、被告が別紙目録記載の(一)ないし(五)の各約束手形につき振出人のため手形保証をした事実の認め難いことは前記のとおりであるから、被告の請求はすべて理由があるとなすべきである。
第三、
よつて原告の請求はすべてこれを棄却し、被告の請求はすべてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五号を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 畔上英治 園田治 深谷真也)